市川電蔵事務所

ヘンだと思ったらちゃんと抗議する、そんなアタリマエのことができるようになろうと。

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泣かせんなよおい

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「佐賀のがばいばあちゃん」は反則かもしんない。
僕のあたりの年頃が、このドラマの背景を理解できる最後かもしれないんである。
僕の同級生には、マジで生活苦な家庭の子供がいた。こうゆう子供のほかにも、マジで余裕のない家庭の子供とゆーのもけっこういた。うちも自営業だったし、このカテゴリに入っていたと思う。
僕が子供の頃、小学生の頃とゆうのは、戦後をひきずってた最後の頃だと思うんである。クラス40名程度の中に身障者と生活保護家を1件か2件は抱えてた。ただ、今と違うのは、そういうヤツらが、とりあえずみんな一緒に遊んでたということ。
お大尽の旦那衆んとこの息子と、百姓の息子、サラリーマンの息子、自営業の息子、母子家庭の息子がみーんな一緒んなって仮面ライダーごっこに興じていた時代とゆうのは、僕の時代で最後だったのかもしれない。
僕の学年には、「せいちゃん」とゆう小児マヒの子と「ハルミ」とゆう生活保護家庭の娘がいた。僕たちは彼らを、非常に厳粛に区別していたと思う。「せいちゃん」は足が悪いのだからもともとスタートラインが違う、「ハルミ」もスタートラインが違うと。彼らは最初からハンデ戦なのだと。そのハンデに異議を唱えるのは無粋であるし、そもそも無効であるのだと。せいちゃんは運動会で普通に走った。普通にビリである。だが誰も笑わない。足が遅かった僕のほうが、身障者であるせいちゃんに抜かれるのではないかと恐れたくらいだ。トーホグの田舎にいながらにして田んぼを持ってないウチなんかは、一歩間違えば「ハルミ」と同じ境遇である。笑えたもんじゃない。
ビンボはビンボ、旦那衆は旦那衆、とゆう線引きをあるべきこととして最初から納得していた世代。「格差」とゆうものを認めるか認めないかとゆわれれば、僕はその格差を認める。ただ、上にあるべき旦那衆の人格や品格とゆうものが、推して図るべしとゆう場合にかぎるのだが。
美しい国とゆう場合、多分に封建的な国とゆうニュアンスが含まれるだろう。僕はそれを否定しません。身の丈にあった職分、それを守り立てる覚悟、それさえあれば充分ではないのかと。
えぇ、僕は封建的な男ですが何か。


↑昭和30年代から40年代に関してはやはり…
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