市川電蔵事務所

ヘンだと思ったらちゃんと抗議する、そんなアタリマエのことができるようになろうと。

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せいちゃん

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↑これが仙臺四郎
小学校低学年の頃の同級生に、「せいちゃん」という子がいた。もう40年近く前のことだし、記憶もさだかではない。
せいちゃんは、今思えばいわゆる小児マヒで、脚が不自由だった。
ど田舎で40年近く前、せいちゃんは「かわいそうかもしれんけど普通の子」だった。一学年で子供は70人ばかりしかいない田舎、町の大人どもはどのガキが誰の子供で誰の孫か、誰がアニキで誰が妹か知ってる。せいちゃんは、脚が不自由な、牛乳屋の息子だった。
せいちゃんは普通の小学生がやる遊びをやり、いつもついてこれなかった。運動神経がほぼゼロの私すら、せいちゃんと遊ぶときには軽く気を使ったほどだ。せいちゃんはフツーに運動会に出て、フツーにかけっこがビリだった。誰もせいちゃんを特別に扱いはしなかった。
だって、せいちゃんは脚が悪いけど、同じ町で一緒に育った同級生だし。
せいちゃんの脚が悪いのはせいちゃんが悪いわけではないし。
せいちゃんの足が悪いのは、同級生きってのバカ・リョーイチが勉強ができないってのと同じレベルでアタリマエで、私の運動神経がかなり鈍い、ってのよりはまだマシな程度という認識。
今思えば、せいちゃんは普通学級に置いたらいかん障害だったのだ。ど田舎・昔というファクターで、彼のレベルでも普通の児童と一緒に遊んでた。ホントに障害を持つ人にはシャレにならないんだろうけど、ある程度一緒にもみ合ったほうがいいんでないかと。仙臺四郎は、面と向かって馬鹿呼ばわりされたそうだが。
障害のある子供も、それを受け入れて一緒に育ってく状況って必要なんじゃないの。私らがそうやって育ってきたように。差別的な意味ではなく、「人間はみんな同じではない」ってことを知るべきです。
そうそう、障害者ではない系統でヤバイガキもいたわ。親が無能で人間らしい生活させてもらえない姉弟。あの一家だけは本気で差別されてたと思う。
なお、せいちゃんは小学校高学年になって地元の小学校から養護学校に移った。以降の消息は不明。
ヤバイ姉妹も、同じ町の中学には行かなかった。以降の消息は、のちに知った。イヤな結末だったので忘れたい。
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