市川電蔵事務所

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行く年来る年~大晦日の思い出~

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食品会社に入社してはや20年を過ぎてしまったわけだが。
これまではなんだかんだ言っても、普通の会社並みの年末年始休暇が取れていたのだが、数年前から流通系のお取引先を担当することになった。コンビニはもちろん年中無休、元旦くらいは休んでいたスーパーも元旦営業が当たり前になった。おかげさまで、文字通り「盆も正月もない」状況である。大晦日である今日もお取引先といっしょに仕事してるし明日の元旦もしかり。仕事がないと嘆く御仁がいるなか、幸せなことと思わなければね。
僕の生家はもともと魚屋を営んでいた。じいさんが始めて親父の代でやめた。親父は魚類卸会社に30過ぎて就職してる。卸なので、商売相手は流通系。親子そろって似たような仕事に就くもんだと今更ながら呆れる。
僕が高校のころ、冬休みに入ると必ずアルバイトをしていた。親父の取引先である駅前のデパートの鮮魚売り場である。姉がそのコネでこのデパートの子供服売り場に就職してし、大晦日には親父も手伝いに来ていたので、大晦日は親子3人でこのデパートで働いていたことになる(笑)。
大晦日の鮮魚売り場、僕は大声でかまぼこや伊達巻を売りさばき、親父はバックヤードで刺身盛り合わせを延々と作る。僕が物心つく頃には生家の魚屋は廃業していたため、親父がゴム引きのでかい前掛けをかけて、ねじり鉢巻で柳刃を振るう姿を始めて見た。親父は若い頃からハゲていたが、その頭に巻いた鉢巻がとても格好良くみえた。
21時頃、親父と姉と連れ立って家に帰り、家族揃って紅白歌合戦を見ながら年越しをした。あれからもう、30年近い時間が流れた。あの頃の親父の齢に、僕も近づいている。僕の子供たちは、僕の働く姿を見て格好いいと思ってくれるだろうか。
取引先やメーカー仲間たちと紅白歌合戦を眺めながら、ふとそんなことを考えた。明日の見えない日本だけど、子供たちのためにも、僕自身のためにも、この国にプラスになるようにと思って僕は明日も働きます。
ことしもありがとう。らいねんもよろしく。
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