市川電蔵事務所

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民社党今ありせば

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この数年、自宅では産経新聞を購読していたんである。一応保守派を自認する身でもあり、産経新聞は今のところ一番保守系な新聞だということで。精神衛生にいいんですな、やっぱ。
しかし産経新聞は「全国紙」のなかでは最低の地位であるため、オリコミ広告が少ない。そのあたりカミさんが嫌気し、8月から読売新聞に変わってしまった。アンチ巨人で阪神ファンの僕に向かって、よくそんなことができたもんだが、カミさんには一切抵抗できないので暗黙の了解。まぁうちのカミさんも勧誘員の質の面で朝日新聞が大嫌いなので、助かった。
んでもって、今更のようにこんなステキなコラムを発見するわけである。
【産経抄】8月30日
 「新党」という言葉には独特の響きがある。最近、といっても10年以上も前になったが、「日本新党」や「新党さきがけ」が誕生したときには、確実に政界の新しい時代を予感させた。既成政党に飽きた人たちを刺激する「魔力」を持った言葉なのだ。
 ▼しかし戦後政治史で、最も特筆すべき新党は民社党かもしれない。昭和35年1月、当時の日本社会党から西尾末広氏ら右派五十数人が分派して結成した。日米安保条約改定に絶対反対の社会党に対し、現実的安保論議を求めて対立した末の新党だった。
 ▼自民党と社会党がひたすら対決するというそれまでの政治にクサビを打ち込んだ。安保改定を押し切った岸信介首相の後継に西尾氏を推す動きが自民党内にあったほどである。「何でも反対」の社会党がその後、衰退をたどるのも、民社党の現実路線のせいといってもいい。
 ▼その民社党などの流れをくむ民主党から2人の参院議員が離党、無所属の2人とともに「改革クラブ」を結成した。久しぶりの新党である。もっとも代表になった渡辺秀央氏はもともと自民党のベテランだ。新鮮さに欠けるし、人数も4人ではあまりにさびしい。
 ▼ただ離党組の一人は「野党だから反対、でいいのかと思っていた」と語っている。限りなく「何でも反対」の旧社会党に近づきつつある民主党に嫌気がさした面も強い。だとすれば小なりとはいえ、「平成の民社党」を目指すという見方をしても無理はないだろう。
 ▼だから、新党は今後、自民党と歩調を合わすことが増えそうだ。これに対し民主党からは「泥舟の与党に走るなんて」という冷ややかな見方があるという。当然だろう。しかし「何でも政局」の民主党が「泥舟」にならないという保証もない。

僕が選挙権を得た頃にはまだ民社党は存在していたんだが、僕が暮らしていた街には候補者がいなかったんで、投票ができなかった。wikiで民社党を改めて調べてみると、今の僕の政治的志向に最も合致する政党であるとわかる。民社党出身で元民主党の西村眞悟議員が改革クラブに加入したが、古巣の民主党を痛罵している。
西村真悟の時事通信(平成20年8月30日号)
No.368 平成20年 8月30日(土)
西 村 眞 悟
(前略)本日(八月三〇日)の産経新聞「産経抄」に、民社党のことが書かれていた。この「産経抄」に触発されたので、次の通り述べておきたい。
私は、民社党の最後の公認候補として平成五年に始めて議席をいただいた。
その後、平成六年十二月九日、第四十回臨時党大会で民社党は解党した。
民社党は解党しても、私は民社党なき民社党路線を貫いてきたと自負している。それは、党歌にあるとおり、「今ぞ集う 勤労の同志、今ぞ集う愛国の同志」の路線である。
従って具体的に拉致被害者の救出と尖閣諸島防衛に取り組むことは民社党路線としては当然のことである。勤労の同志も愛国の同志も、国民と領土を守る為に集うのである。何処かの組織で流行っているゴルフをするためではない。
さらに、誇りある国家の防衛即ち国防は、国民が担うのであり、国家の国防体制の確立は当然のことである。春日一幸民社党委員長は、防衛大学校の卒業式に必ず出席していた。
従って、全国各地の拉致被害者救出運動や歴史教科書を是正することを目指した運動の参加者に民社党出身者が多いのは当然のことである。
政府認定の人達だけが拉致被害者ではない。政府認定の他にも被害者は大勢いる。政府が知ろうと努力していないだけだ。この政府に頼らずに、人知れず苦しんでいる拉致被害者発見のための調査に取り組んでいる特定失踪者問題調査会代表で拓殖大学教授の荒木和博氏は、民社党の書記局にいた。そして民社党解党の日に、ビルの屋上で最後まで民社党の旗を振っていた。
さて、本日の「産経抄」に戻る。
この度民主党を離党した議員に関して、「限りなく『何でも反対』の旧社会党に近づきつつある民主党に嫌気がさした面も強い」と述べられている。
しかし、これは正確ではない。今の民主党は旧社会党に近づいているのではない。既に、それ以上にたちが悪い。
旧社会党には、マルクス・レーニンもしくは毛沢東という左翼イデオロギーがあり理屈があり、この理屈に従って自由主義陣営に属する日本国の運営に対して「何でも反対」をしていたのだ。
つまり、馬鹿は馬鹿なりに理屈が通っていたのである。
しかし、今の民主党には理屈がない。理屈がないのに反対する。しかも理屈がないから「大連立合意」もすぐできる。それが通らなければ泣いてまた戻る。戻ればまた「何でも反対」になる。
また、旧社会党は馬鹿な理屈であれ理屈をもっていたから、そこにいる議員は、その理屈に納得してそこにいたのであろう。
しかし、今の民主党には理屈がないのであるから、そこにいる議員は何に納得してそこにいるのだろうか。
民主党内には「国連中心主義」とは馬鹿の言うこと、我が国のインド洋におけるプレゼンスは必要、日銀総裁は政府の人選でよい、こう思っている議員が多くいるのを知っている。何故彼らは、自分の考えと違う国益に反することに羊のように従っているのだろうか。
つまり、民主党は政党ではなく、そこに住み着くと、賄いがあり、税金から補助があり、何かと便宜を図ってもらえる○○収容キャンプなのだ。
かつて、小渕総理の時の自・自連立解消後、衆議院本会議場に国旗日の丸を掲げる提案が為された。私がいた自由党は当然賛成するものと疑わなかった。しかし、責任者は「日の丸を掲げることに反対した」という。
「えっ、何で」と驚く私に対して、「野党ですから」と言う答えが返ってきた。国旗掲揚に反対が当然と信じ込んでいる顔であった。この人達が今民主党の幹部である。
彼らは、仮に自らの信念に反しても、野党になれば何でも反対するのが政治だと思いこんでいる。この病気を目の当たりに見てきたので、先の「大連立の合意」と、それを泣いてあきらめてまた「反対」に戻るいきさつは手に取るように解った。
それにしても、この時、党首自身が「民主党には政権を担当する能力がない」と言ったのである。これが間違っているのならば、党首選挙が無いのがおかしい。正しいのなら、今回のように離党者が出るのは当然である。離党者が少なすぎる。
よって、要するに、旧社会党より今の民主党の方が「たちが悪い」
ともあれ、東アジアの状況と我が国の現状の中で、現在進行中の政界再編を促す底流については、これ以上触れずに、後に報告することにして、ここは、民社党のことに戻り、次のことでひとまず筆を擱いておきたい。
民社党の口伝。民社党の先輩は次のことを教えてくれた。
「世の中で、正しいことをみつけるための手間のかからない便利な方法がある。それは、社会党を見ていることだ。社会党が反対していたら賛成するのが正しい。賛成していたら反対するのが正しい」つまり、社会党にも存在意義があったのだ。今の民主党にもこの意味での存在意義があるのかも知れない
。日本国家の将来のために必要なのは、民社党的集団である。
民社党出身者として、本日の産経抄氏に感謝する。
(了)
(西村慎吾メールマガジンより引用)

二大政党制とは、与党の言うことにすべて反対するものだというおかしな方法論。僕がどうしても民主党を好きになれない大きな理由が、西村議員の言葉のなかにある。
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