市川電蔵事務所

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チベットの殉教者

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世界遺産として登録されているポタラ宮は、13階建ての土・木・石から作られた構造の複合建築物。往時のチベット政府とダライラマの所在地だったが、現在は観光スポット化し、ピーク時には、1日4000人以上が訪れる(Getty Images)(大紀元より引用)
今更だが、チベットについて。
チベット事件の本質:暴動ではなく、暴政への抵抗
 【大紀元日本3月21日】中国チベット自治区の首府ラサで3月14日以来発生したチベット人抗議事件は周辺の四川省や青海省、甘粛省などのチベット族自治州にも広がった。中共当局によって厳しく報道管制した中国メディアは一方的に事件を「暴動、騒乱、動乱」と称して、政府側は「チベット独立を唱える内外の分裂主義者による陰謀」としてチベット仏教の最高指導者、ダライ・ラマ14世を批判した。一部の海外メディアは真相を究明せずに、中共当局の報道をそのまま引用し、中共当局の虐殺を「騒乱」「暴動」への鎮圧と報道した。
 しかし、事件の本質は中国民衆が中国共産党(中共)の暴政に対する抵抗であり、中共当局が言う「暴動」「騒乱」ではない。
 中共は1950~51年、朝鮮戦争の中、「チベット解放」という大義名分でチベットの侵攻と占領を行った。その後、チベット自治区として今日にいたっている。
 チベット人は一貫して中共の占領に抵抗してきた。ピークが59年の「チベット動乱」。中国共産党は徹底的な弾圧を加えた。富裕層や地主ら銃殺あるいは生き埋めにし、僧侶を撲殺、焼殺するなどして、動乱を鎮圧したという。多くのチベット人がインドに逃れ、ダライ・ラマ14世もヒマラヤを越えての亡命の旅が始まった。
 歴史を振り返って見ると、中共当局が言う「動乱」「暴徒」の意味を解読できる。六四天安門事件の被害者、民主を求める学生さん、官僚の権力濫用によって耕地を奪われた農民、住宅を奪われた市民、及び各種政府政策の被害者となる陳情者達、これらの人々は基本的人権を守るために、努力している。彼らの中国当局への抗争は自由、民主、人権を求めるものであり、尊敬されるべきだが、実際は中国当局に「暴徒」とされ、行った活動が「暴動」「反乱」「騒動」「動乱」とされている。
  中共当局の報道は殆どこのように嘘を書いている。嘘の報道をそのまま転載されて、真相は消えてしまう。中国の非人道的な現実と真相を伝えることは国際社会と国際メディアの役割だ。真実を伝えるため、中国共産党の嘘を引用しないことが第一歩だ。
1959年チベット人の抗争
 1959年10月、中国共産党が解放軍4万人を派遣し、8千人のチベット人自衛軍を破って、チベットを占領し、その後、チベット問題をめぐって17条の合意を結び、チベットの自治を確定した。しかし7年後、中国共産党は全国範囲の社会主義化改造を始め、チベット自治は瓦解し始めた。
 社会主義化改造されたチベット、人々が貧しくて、個人財産など殆どない。しかも、食糧もないため、飢え死した人は続出、一家全員餓死したケースは稀ではない。
 1958年、生活が苦しいチベット人は各地で反抗を起こした。1959年、当時共産党のトップ毛沢東氏の指示によって、銃殺が始まった。多くのチベット人は共産党軍隊に殺害され、当時の自治政府官員(民選官員)も逮捕された、チベットの自治はここで終焉を迎えた。同年3月10日、ダライ・ラマは10万のチベット人を率いて、インドへ亡命、インドで亡命政府を設立した。
 これは北京の言う1959年の「チベット武装反乱」、実際には中国共産党によってチベットへの武装侵略である。
経済面:資源略奪
 「中国共産党の統治は、裕福なチベット人の生活を貧乏の窮地に追い詰めた」と今のチベット人の生活を一語でまとめられる。過去十年、中国当局は物産と資源を略奪のため、チベットへの資本投入を増大しつつある。しかし、チベット人の生活は少しも改善されなかった。利益はごく少数の人のところに集中している。
 統計によると、1955年~1985年の間に、チベットから内陸へ輸送した材木は地球を13周めぐることができる。鉱物資源に対する過剰採掘はチベットの生態バランスの破壊を招いた。チベット地区にある湖の半数はすでに消えた。草原の砂漠化は広い範囲で深刻化している。
文化面:信仰破壊
 信仰の破壊はチベット人への致命傷となった。チベット仏教はチベット人の精神の支えである。僧侶は現地政治、経済、文化に強く影響力がある。無神論を主張する中国共産党は、これらのすべてを破壊対象にした。調べによると、チベット地区に寺は当時4573基、僧侶は合わせて28万人だったが、共産党に占領された現在、寺は僅か553基しか残っておらず、僧侶は6900人である。
 信仰以外にチベット文化も破壊を免れなかった。チベット亡命政府1980年の推定によると、チベット地区に現在チベット人が633万人いるのに対して漢民族人は750万人いる。つまり、チベット地区のチベット人の数は非チベット人の数より下回った。
 人口だけではなく、文化の漢民族化も進んでいる。高校以降の教育は標準語のみで行われている。現在多くのチベット人は既にチベットの民族言語を使えなくなった。
 チベット人にとってチベット仏教の最高指導者「活仏」(ラマ教で、仏・菩薩・聖僧などの転生者と考えられている高僧。ダライ-ラマなど、慣例として、先任の活仏が死ぬ前に転生者の住む場所、特徴と述べ、死後、寺の高僧は言われた場所に行き、転生者を探す。口述した特徴と一致する子供が見つかったら、新任活仏として迎える)の転生と指定も干渉された。つまり、中国共産党治下の「活仏」は共産党の指定でないと認められない。現にダライ・ラマが指定した転生者は中国当局により十年以上軟禁された。
動乱の裏
 国際人権組織の証言によると、抗議や抗争活動があったときに、中共当局はいつも軍人を民衆に装わせ、放火や暴力などを繰り返し、鎮圧の口実を作る。その後、戦車と機関銃は容赦なく無実の民衆に向けられた。抗議や抗争の結果、多くの民衆と僧侶の命が奪われた。
 中国共産党は、チベット人の経済、文化、政治、宗教、信仰など各方面の権力を剥奪し続けている。3月10日に中国共産党がチベット占領した49周年の際、チベット自治区の首都ラサ及び周辺の四川省や青海省、甘粛省などのチベット族自治州で、抗議活動が相次いだ。中共当局は断固として鎮圧に踏み込んだ。オリンピック直前に世界に注目された重大な人権迫害となった。
(文・王華 翻訳/編集・侍傑)(08/03/21 05:57)Copyright © 2005-2008 (株)大紀元 Corporation. All Rights Reserved.

毎度おなじみ大紀元日本語版より引用しました。
農薬入り餃子事件以来、中国共産党政府の不遜な対応が際立っている。我が方の落ち度は一切認めず、責任の所在をほかのところへ持っていくという、ある意味気持ちがいいくらいの自己中心的な態度
中国共産党政府は、ことあるごとに旧日本軍の蛮行を持ち出し、自国の軍備を正当化する言い訳としている。「中国は有史以来侵略行為を行っていない」と胸を張る。どこを押したらそんなことが言えるのか、本気で感心してしまうわけだが。中華人民共和国成立以来、この国はインドを国境をめぐって紛争し、ヴェトナムと戦争している。国内に目を向ければ、悪名高き文化大革命を筆頭として、自国民の虐殺に関してはかのポル・ポトも裸足で逃げ出すほどである。
そのうちのひとつがチベット動乱にかかわる民族浄化の動きである。
チベットはもともと、中原に覇を唱えるシナ王朝史には吐蕃という名で顔を出す、域外の異民族王朝として認識されていたわけだ。チベット地域は、膨張と分裂を繰り返したシナ王朝史の中では多くの時期、独立を維持していた。最後の王朝、清においては征服の憂き目を見たが、清朝滅亡後には事実上の独立国家であり宗教国家としてあり続けていたのである。そして大東亜戦争終結後、内戦に勝利した中華人民共和国が上記記事のごとくチベットへやってきたわけである。
さて、チベット史をざっとおさらいしてみて、地球市民の皆さんは突っ込みを入れたくて仕方がなくなるかもしれない。
「チベットの歴史は朝鮮半島の歴史に相通じるものがある!日本の侵略も同じようなものではないか!日本はチベット問題に意見できる立場にない!」
と。
朝鮮半島は三国時代の終了とともに中華圏に取り込まれ近世に至っているので、チベットとは同じ境遇にない。併合は朝鮮半島の希望によって行われたことでありこれもチベットとは違う。第一、チベットはチベット仏教を中心とする宗教国家である。頼むからつまんないこと言わないでね。
中国共産党政府がチベットを敵視する理由、これは歴然としている。中国共産党政府よりもダライ・ラマのほうがステージが上なのである。現代において最大の独裁国家である中華人民共和国において、独裁者である中国共産党政府よりも上位にあるものが存在してはいけない、ただこれだけ。かの国の宗教者は、共産党の傘下になければ認められない。法輪功が、カルトとも呼べそうにない無毒な団体が、あれだけ目の敵にされるということ。つまり、宗教こそが中国共産党政府の最大の脅威であると認識していることの証左だ。その宗教をうまく取り入れようと、胡錦涛主席は5月に予定されている来日では、創価学会の池田会長に会うという。狡猾さこの上なし。
僕は宗教に関しては非常に寛大な人間である。僕自身比較的まじめな仏教徒(曹洞宗)であり、神社への崇敬を欠かさないという平均以上の日本人であるからして。宗教によって人が殺し合いをすることも十分理解しているつもりだ。GODという存在を、自分のなかでどこにおくか。自分を律する存在として機能させられるか。ユダヤ教を元とするキリスト教(カトリック・プロテスタント・正教)を信奉する欧米の人々は、最終的にはGODを自分の中で最も高い位置におく。共産主義が崩壊したロシアにおいてさえ、正教会は頑として存在し続けた。水曜日に殺人を犯したギャングは、日曜日に教会で救いを求める。実は世界的にみて、こちらのほうが普通なのである。日本とて100年にも満たない昔は同じであったのだ。弥陀の称号を唱えながら戦争へ行ったものの何と多かったことか。創価学会は冗談としても、日本人は自らの宗教心を今一度省みるべきである。チベットの人々の多くは、信仰に殉じようとしているのだということを忘れてはならない。エセ人権づらで、軽々しく語るべきではないのだ。
信教の自由が保証されているこの国に乾杯。そして、チベットの民に真の自由を。中国共産党政府の上に、八百万の神のご神罰覿面に下されんことを。
四川省ガパ県、虐殺されたチベット人=真実を語る遺体写真大紀元のこの記事に、中国共産党政府の鎮圧部隊に射殺されたと思しき人々の写真が載っており、元ページのURLも記載されている。非常にショッキングな写真なので、クリックするのなら覚悟を決めてからどうぞ。
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<<Chinese soldiers posing as Tibetan monks(シナ人兵士、チベット僧に扮す) | 市川電蔵事務所 | 昭和二十年三月十日午前零時十五分>>

この記事のコメント

四川省ぬんぬんのトコ、ぽちっとしても、このページ
が表示される気がします。
2008-03-23 Sun 22:22 | URL | アクセル総研代表 #vXeIqmFk[ 内容変更]
アクセル様 失礼いたしました。
リンクの記述がズレてました。修正いたしましたんでよろしく。
2008-03-30 Sun 22:38 | URL | 市川電蔵 #SFo5/nok[ 内容変更]
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