市川電蔵事務所

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嫌韓流2読みまして。

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沈没していく「からしま」。この報道もものすごく小さかった。憶えてないし。
嫌韓流2がようやくアマゾンから送られてきた。書店の開いてる時間になど帰宅できんのでアマゾン予約してといたのだが、なーんだ、コンビニのスリーエフで売ってたわ。嫌韓流・嫌韓流2・公式ガイドブックの3点セットで3冊づつ。公式ガイドブックはアマゾンに予約しなかったのでスリーエフで買う。やるな関東ローカルコンビニの雄、スリーエフ。他チェーンには影も形もなかったぞ、嫌韓流など。
ざっと読んでみると、ネットで普通に特亜ヲチしてる連中にとっては、目新しいネタはない。在日特権を堂々と取り上げたのはポイント高いと思う。なお、第18光洋丸の事件に関しては初耳であった。僕は、嫌韓流シリーズは朝鮮半島への露骨な嫌悪というよりは、日本のマスコミなど、朝鮮半島を含む特亜に対する恣意的な情報操作のほうを問題視し、糾弾していると読み取っているのだが、この事件は本当に記憶にない。マスコミ報道で、「見事にスルー」されていたわけだ。このFLASHを見てようやく知ったくらい。
朝鮮半島の反日・侮日的態度は問題だが、やはり本当に問題なのは、この国のマスコミや教育だ。情報の取捨選択によって愚昧なる大衆を養育していくさま、僕自身がその情報コントロールに見事に没入していたことをひしひしと感じる。その情報コントロールは何もマスコミに限ったことではなく、現行政権の徹底した米国追従政策も、ほんとにいやになるんだけど。
また朝鮮半島ネタですが、本日付の産経新聞朝刊、国際面。不定期に各国特派員からのコラムが寄せられるスペースがある。韓国からは「御大」黒田勝弘氏。「ソウルから ヨボセヨ(もしもし)」と題された小欄。WEBにはアップされないので、テキスト起こししようと思ってたら、2ちゃんねるでアップされてた。
須之部大使の忠告
須之部量三・元駐韓日本大使が亡くなられた。一九七七年から八一年まで激動期のソウルに駐在し名大使といわれた。一九七九年十月二十六日の朴正熙大統領暗殺事件や、その後の政治混乱の中での光州事件や全斗煥政権発足など、韓国情勢がきわめて難しい時代に的確な情報収集、分析を通じ日韓関係をうまく維持、発展させた。温厚な人柄に加え、韓国語の勉強など韓国との真摯な取り組みで韓国側の評価も高かった。
 その須之部大使から言われた言葉が今でも記憶に残っていることがある。
ぼくとしては語学研修を終え韓国と本格的に取り組もうとしていたころだったが、須之部さんは「韓国というところはねえ、足を二本とも突っ込んではいけないよ。必ず一本は外に出しておきなさい。そうしないとここは抜けなくなるところだからねえ」というのだった。
 その意味は「日本人にとって韓国は入れ込みすぎると溺れてしまうから、いつもどこか冷静なところがないといけない」といった感じだったか。その時、ぼくは冗談で「でも、男は足が三本あるので二本までは大丈夫じゃないですか」と笑いながら言ったことを覚えている。あれから韓国とのつきあいは四半世紀を超えるが、あの言葉は今でも忘れられない。合掌。(黒田勝弘)
ソース:産経新聞(東京版)2月25日14版6面(国際面)
※Web上では見れないため、記者が確認してテキスト化しました。

日本人という確固たるアイデンティティを持って外国に駐在する場合、常に冷静に事象を観察せよということなのだろう。なにも外交に限ったことではなく、普段の行動律として心に染み入る言葉である。こうした偉人が後の世に広く知られることなくひっそりと逝く。何か非常にもったいないような気がする。

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