市川電蔵事務所(移転)

ヘンだと思ったらちゃんと抗議する、そんなアタリマエのことができるようになろうと。

加藤議員事務所への放火事件に関して

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僕は学生時代、山形県鶴岡市に住んでいました。藤沢周平の小説に出てくる「海坂藩」という架空の藩のモデルになった街としてつとに有名になりましたが、肥沃な田園地帯を有し、鳥海山や出羽三山をのぞみ、また日本海にも面しているというとても環境のよい街でした。酒も飯も旨く、なにより女性が綺麗。ただ、冬の厳しさは特筆ものでした。雪は多くないけど、シベリアから日本海を渡ってくる風の冷たいこと冷たいこと。酔っ払って街をふらついて、凍死しかかったこともありますw。
鶴岡市のある山形県庄内地方というのは、江戸時代から海路で京都・大阪と深くつながっており、内陸地方とは基本的に異なった文化を有している。よって同じ県でありながら訛りも違い食い物の嗜好も違う。関が原の合戦直前、庄内は越後の上杉謙信の勢力地で内陸は最上義光と伊達政宗と、「信長の野望」的にも違う地域である。廃藩置県が収斂した結果としてできた山形県は、ひとつの県であることが疑問なんだが。
この鶴岡市で学生時代を過ごしていた僕ですが、その間ほとんど通しでやっていたバイトが、運転代行でした。運転手つきバス・トラック・乗用車のレンタルという、ほとんど白バス白トラ白タクという商売をやってる「社長」の副業でしたが、固定客がついていたため結構忙しいバイトでした。
このバイト先の事務所が、先日放火にあって全焼した加藤紘一衆院議員の事務所兼自宅(実家)のすぐ近くだったんですな。加藤議員の父でやはり政治家だった精三氏の名を冠して、「精三会館」という看板が出ていました。この街にいる頃衆院選があり加藤議員は黙ってトップ当選、一度もお国入りせずでしたね。たまたまこの時テレビ局の中継のバイトがあり、ケーブル持ちで精三会館へお邪魔いたしました。オクサマが清楚に語っておられましたねぇ。そして先日、こんな事件が起きました。
2006年8月15日17時55分ごろ、山形県の加藤議員の実家および事務所が火事により全焼した。消防の消火活動中に、腹部を自傷して血を流している東京都内の右翼団体構成員(65)が発見され、集中治療室に搬送された。警察は、この男が実家に暮らす加藤の母親(97)の留守中に実家に侵入、放火したものと見て捜査を進めている。

先日起こったかの放火事件の、現段階で判明している事実を粛々と羅列すると、このようになる。このことから類推できる案件は、「加藤議員への抗議の意思を込めた壮絶な示威行為」である。そして、「建造物への放火容疑」「現場で発見された男性が自傷行為を行ったという濃厚な可能性」である。
加藤議員は、これまで親シナ的発言を繰り返し、首相の靖国神社参拝を強く否定してきた。よって右翼サイドから有形無形の抗議、脅迫が相次いでいたという。その抗議が放火という暴力的な結実を見せたのが今回の事件であると断じて差し支えないだろう。また現場で発見された男性の自傷行為、割腹ということだが。これも抗議の意思の一環であろう。
加藤議員の一連の親シナ的発言と行動に対する抗議の発露である放火は、テロなのか。これは建造物放火が大罪であることや、加藤議員の親族や職員、近隣住民を巻き添えにする可能性を考えると、イスラームの過激派による自爆テロに等しい行為と言わざるを得ない。加藤議員の言論に対する暴力的応酬であることは間違いない。よって断罪されるべきである。
しかし。
僕は、言論に対しては最後まで徹底的に言論で立ち向かうべきだとは思わないのである。対面で言論しているときに、言い負かされそうになったヤツがキレて殴りかかってくるのはダメだと思うんだが、たとえば相手がマスコミ操作などの手法を用いて、明らかに誤った情報によって当方の言論を打ち負かそうとした場合はどうなのかと。当方もさまざまに手を尽くして言論を並べるが、やはり負けそうになる場合。諦めるのか。
否である。
示威行為の暴力的発露は、ここに起こるのではないか。暴力が、テロが有効的手段には決してなりえないというのは、幻想だと思う。有史以来、すべて言論によって最終的解決をみた紛争というのはあっただろうか。言論を行うことは基本中の基本であり、否定するものではない。「何をゆってもとりあえずは許す」という言論の自由は保証されるべきだ。しかし、「話にならない」状況においては、言論は空疎だ。「話にならない」状況を回避するために言論を重ねるわけだが、極限的な膠着状態を打開するのはいつでも暴力だ。テロと暴力のどこに線を引くのか、恐怖政治の暴力と交渉が決裂したハイジャック犯の射殺を一緒にしているとの非難は覚悟している。だが、言論だけですべて解決できるというのは幻想だと思う。まわりくどい言い方をしたが、僕が言いたいことは「ゆってもわかんなきゃ殴るよ、殴るのは悪いことだけどそうするしかない」ってことです。
最後にひとつ。加藤議員がこの事件によって「焼け太り」することだけは避けなければいけない。涙目で「言論の自由を死守する政治家」とか「反ファシズムの立役者」とかいったイメージを植えつけられてはたまったものではない。次の殉教者が出ることになる、確実に。加藤議員の発言と思想は、この国には決して利益をもたらすものではないと僕は考える。
僕が感銘を受けた小説のひとつに、村上龍の「愛と幻想のファシズム」という作品がある。この作品の主人公は、日本に新しいタイプの独裁国家を作っていくのだが、彼の率いる政治結社には「クロマニヨン」と名乗る民間武装団体が付き従う。その団体は政敵を暗殺したりデモを鎮圧・排除したりするのだが、自民党が任侠右翼団体に裏金払って嫌がらせさせるより、よほど効率的だと思うがな。ヒズボラに政党部門と軍事部門があるように、これから輩出してくるであろう政治結社には、しっかりた暴力装置が必要になるんじゃないだろうか。暴力装置の使い方を熟知したリーダーでなくてはいけないのは当然だが。「○○警備株式会社は▽▽党を支持します」とかゆってね、その警備会社の一事業部は、中味は火器を持ってないだけの精鋭軍隊、みたいな。そんな時代って、暗黒時代なんだろうか。少なくとも凶悪犯を射殺すると警察に抗議が来るような時代よりは少しはましだと思うんだけど。
鶴岡市で世話になった社長は元気だろうか。5人の子持ちだったが、一番下の子供でさえ、結婚してもいい年になっただろう。いかつい風体のわりに目が可愛らしくきらきら輝いていた社長に会いに、またあの街へ行ってみよう。

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