市川電蔵事務所

ヘンだと思ったらちゃんと抗議する、そんなアタリマエのことができるようになろうと。

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ほっとや(所沢市日比田)

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僕は営業で外回りが多いので、自然と外食が多くなる。昼飯はハズした時間にとることが多い。昼飯どきは渋滞もちっと緩和するんで、この隙に移動をし、14時くらいにゆっくり昼食。こういうとき重宝するのが「駐車場が広くてあんまり混んでなくてそこそこ味が良くて漫画の在庫が多い店」なんである。
その条件を見事にクリヤしてるのが所沢の「ほっとや」。国道463号バイパス外回りの関越所沢IC近くにあり、真っ赤な看板には「暖屋」とある。
ラーメン屋というよりはこじゃれたレストランを居抜きで使ってるような雰囲気。漫画も奥の壁いっぱいに在庫してある。ピーク時を外せば席は沢山空いてるので、4人がけテーブルを広々と独占。
問題のラーメンだが、そこそこうまい。都内近辺の人気店をちょこちょこパクったようなつくりだが、基本はとんこつかな。まったく予備知識なく飛び込むには最高の選択かも。関越の入口に近いこともあり、僕のような営業マンやトラックドライバー、レジャー帰りみたいな客が目立つ。まぁ食ってみて「金返せ」とはなりませんぜ。
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加藤議員事務所への放火事件に関して

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僕は学生時代、山形県鶴岡市に住んでいました。藤沢周平の小説に出てくる「海坂藩」という架空の藩のモデルになった街としてつとに有名になりましたが、肥沃な田園地帯を有し、鳥海山や出羽三山をのぞみ、また日本海にも面しているというとても環境のよい街でした。酒も飯も旨く、なにより女性が綺麗。ただ、冬の厳しさは特筆ものでした。雪は多くないけど、シベリアから日本海を渡ってくる風の冷たいこと冷たいこと。酔っ払って街をふらついて、凍死しかかったこともありますw。
鶴岡市のある山形県庄内地方というのは、江戸時代から海路で京都・大阪と深くつながっており、内陸地方とは基本的に異なった文化を有している。よって同じ県でありながら訛りも違い食い物の嗜好も違う。関が原の合戦直前、庄内は越後の上杉謙信の勢力地で内陸は最上義光と伊達政宗と、「信長の野望」的にも違う地域である。廃藩置県が収斂した結果としてできた山形県は、ひとつの県であることが疑問なんだが。
この鶴岡市で学生時代を過ごしていた僕ですが、その間ほとんど通しでやっていたバイトが、運転代行でした。運転手つきバス・トラック・乗用車のレンタルという、ほとんど白バス白トラ白タクという商売をやってる「社長」の副業でしたが、固定客がついていたため結構忙しいバイトでした。
このバイト先の事務所が、先日放火にあって全焼した加藤紘一衆院議員の事務所兼自宅(実家)のすぐ近くだったんですな。加藤議員の父でやはり政治家だった精三氏の名を冠して、「精三会館」という看板が出ていました。この街にいる頃衆院選があり加藤議員は黙ってトップ当選、一度もお国入りせずでしたね。たまたまこの時テレビ局の中継のバイトがあり、ケーブル持ちで精三会館へお邪魔いたしました。オクサマが清楚に語っておられましたねぇ。そして先日、こんな事件が起きました。
2006年8月15日17時55分ごろ、山形県の加藤議員の実家および事務所が火事により全焼した。消防の消火活動中に、腹部を自傷して血を流している東京都内の右翼団体構成員(65)が発見され、集中治療室に搬送された。警察は、この男が実家に暮らす加藤の母親(97)の留守中に実家に侵入、放火したものと見て捜査を進めている。

先日起こったかの放火事件の、現段階で判明している事実を粛々と羅列すると、このようになる。このことから類推できる案件は、「加藤議員への抗議の意思を込めた壮絶な示威行為」である。そして、「建造物への放火容疑」「現場で発見された男性が自傷行為を行ったという濃厚な可能性」である。
加藤議員は、これまで親シナ的発言を繰り返し、首相の靖国神社参拝を強く否定してきた。よって右翼サイドから有形無形の抗議、脅迫が相次いでいたという。その抗議が放火という暴力的な結実を見せたのが今回の事件であると断じて差し支えないだろう。また現場で発見された男性の自傷行為、割腹ということだが。これも抗議の意思の一環であろう。
加藤議員の一連の親シナ的発言と行動に対する抗議の発露である放火は、テロなのか。これは建造物放火が大罪であることや、加藤議員の親族や職員、近隣住民を巻き添えにする可能性を考えると、イスラームの過激派による自爆テロに等しい行為と言わざるを得ない。加藤議員の言論に対する暴力的応酬であることは間違いない。よって断罪されるべきである。
しかし。
僕は、言論に対しては最後まで徹底的に言論で立ち向かうべきだとは思わないのである。対面で言論しているときに、言い負かされそうになったヤツがキレて殴りかかってくるのはダメだと思うんだが、たとえば相手がマスコミ操作などの手法を用いて、明らかに誤った情報によって当方の言論を打ち負かそうとした場合はどうなのかと。当方もさまざまに手を尽くして言論を並べるが、やはり負けそうになる場合。諦めるのか。
否である。
示威行為の暴力的発露は、ここに起こるのではないか。暴力が、テロが有効的手段には決してなりえないというのは、幻想だと思う。有史以来、すべて言論によって最終的解決をみた紛争というのはあっただろうか。言論を行うことは基本中の基本であり、否定するものではない。「何をゆってもとりあえずは許す」という言論の自由は保証されるべきだ。しかし、「話にならない」状況においては、言論は空疎だ。「話にならない」状況を回避するために言論を重ねるわけだが、極限的な膠着状態を打開するのはいつでも暴力だ。テロと暴力のどこに線を引くのか、恐怖政治の暴力と交渉が決裂したハイジャック犯の射殺を一緒にしているとの非難は覚悟している。だが、言論だけですべて解決できるというのは幻想だと思う。まわりくどい言い方をしたが、僕が言いたいことは「ゆってもわかんなきゃ殴るよ、殴るのは悪いことだけどそうするしかない」ってことです。
最後にひとつ。加藤議員がこの事件によって「焼け太り」することだけは避けなければいけない。涙目で「言論の自由を死守する政治家」とか「反ファシズムの立役者」とかいったイメージを植えつけられてはたまったものではない。次の殉教者が出ることになる、確実に。加藤議員の発言と思想は、この国には決して利益をもたらすものではないと僕は考える。
僕が感銘を受けた小説のひとつに、村上龍の「愛と幻想のファシズム」という作品がある。この作品の主人公は、日本に新しいタイプの独裁国家を作っていくのだが、彼の率いる政治結社には「クロマニヨン」と名乗る民間武装団体が付き従う。その団体は政敵を暗殺したりデモを鎮圧・排除したりするのだが、自民党が任侠右翼団体に裏金払って嫌がらせさせるより、よほど効率的だと思うがな。ヒズボラに政党部門と軍事部門があるように、これから輩出してくるであろう政治結社には、しっかりた暴力装置が必要になるんじゃないだろうか。暴力装置の使い方を熟知したリーダーでなくてはいけないのは当然だが。「○○警備株式会社は▽▽党を支持します」とかゆってね、その警備会社の一事業部は、中味は火器を持ってないだけの精鋭軍隊、みたいな。そんな時代って、暗黒時代なんだろうか。少なくとも凶悪犯を射殺すると警察に抗議が来るような時代よりは少しはましだと思うんだけど。
鶴岡市で世話になった社長は元気だろうか。5人の子持ちだったが、一番下の子供でさえ、結婚してもいい年になっただろう。いかつい風体のわりに目が可愛らしくきらきら輝いていた社長に会いに、またあの街へ行ってみよう。

↑ホンネを書いてみました
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柳生食堂(山形県寒河江市)

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以前のエントリでも取り上げたが、僕の故郷である山形には、「冷たいラーメン」という食い物がある。まぁ山形県といっても結構広くて(地理・歴史的には4つの地域に分かれる)、この食い物が一般的なのは山形市近辺の「村山地方」というあたり。
「冷たいラーメン」は地元では「つったいラーメン」と発音する。甘酸っぱいタレで食す「冷やし中華」とは別の食い物である。ちなみに山形でもちゃんと冷やし中華もメニューにありますのでご心配なく。
この「冷たいラーメン」というのは、平たくいえば「普通の中華そばがそのまま全部冷たくしてある」というものである。麺も冷たきゃスープも冷たい。スープは動物系を弱めた、かけそばのつゆに近いあっさり目。キンキンに冷えた、というよりは普通の水道の水くらいの温度なのです。
このメニューの元祖だとゆーてる店もあるが、それはそれとして、冷たいラーメンに不可欠なものを挙げておきましょう。
まず、「チャーシューは豚肉ではいけない」ってことですな。豚肉以外でチャーシューとゆって良いのかという重要な問題はあるが、具としての畜肉は、鶏肉か牛肉がベストなんである。もともとこの「冷たいラーメン」の基盤には、「冷たい肉(鳥)そば」というメニューがあるのだが、これの具が鶏肉なのである。それも、廃鶏といわれる卵を産まなくなったババ鶏。肉は硬くて身も薄いが、肉の味がする。実際この煮汁をスープに加えるので、若鶏よりは廃鶏のほうが良いわけだ。冷たくしても脂身が気にならない(というか元々脂身も薄い)のも良い。
この柳生食堂の冷たいラーメンのチャーシューは、牛肉である。脂身の少ないもも部位中心で、まるでビーフジャーキーのようにしっかりしょうゆ味がついている。しかし、この味が冷たいスープに合い、まるで冷やしたコンソメのような趣さえある。場所はJR寒河江駅から徒歩3分くらい、路地を入ったところ。食堂というだけに麺類・ご飯類も豊富。なお日本そばもうまい。ただし太くて硬い田舎そばなので、更科など江戸前のそばが好きという人は無理かも。
廃鶏にしろ牛肉にせよ、もともと自宅で飼育していた鶏や、農業に使役していた役畜としての牛、採卵していた鶏を転用したものと考えられる。動物を最後まで看取って、残らず食ってやるという仏教的かつモッタイナイ的発想に基づくすばらしいシステムだ。肉がスライスされてパックされて売られている現代では、すき焼きの肉は牛の肉なのだということを知らない子供さえいる。「食育」という言葉が使われるようになった昨今ではあるが、食べることによってさまざまな物事を知るには、少々つらい時代かもしれない。
なお、寒河江市内にはこの店のほか牛肉チャーシューの冷たいラーメンを出す皿屋食堂という店もある。実はこちらのほうが有名だが、この柳生食堂は地元民が好んで通う、昔ながらの店。店の客も出前の客も同等に扱うため、店に入って注文してから20分待つなどというのはザラ。時間的余裕のあるときに、田舎的時間の流れを楽しみたいときにお勧めである。
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盆休みしました

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僕は山形県出身である。この数日、数年ぶりに夏休みをとって帰省してきた。中学時代の友人とのクラス会や墓参り、骨休めなどなど久々に休暇を取った気分。
まぁそのせいで靖国神社の参拝にはいけずじまいだったのだが、小泉首相の8月15日参拝にはとりあえず拍手である。マスコミのネガティブキャンペーンは花盛りの様相を呈していたが、昨年の参拝者を5万人上回る25万8千人が靖国神社を参拝に訪れたという現実は、いったいどう説明してくれるつもりなのか。テレビも(産経以外の)新聞も、何も報じていない。そして、期待の本日の朝日新聞社説。
靖国参拝 耳をふさぎ、目を閉ざし
 終戦記念日の朝早く、小泉首相が靖国神社に参拝した。
これまで5回の参拝はいずれも、自民党総裁選で公約していた8月15日を避けた。その理由を首相は「再び内外に不安や警戒を抱かせることは私の意に反する」と説明してきた。
それが今回は「15日を避けても、いつも批判、反発し、この問題を大きく取り上げようとする勢力は変わらない。いつ行っても同じだ」と開き直った。ぶれないことが売り物の首相にしては大ぶれ、まさに支離滅裂である。
 15日は韓国にとって植民地支配から解放された記念日であり、中国にも歴史的な日である。そこに、彼らが「感情を傷つけないでほしい」と中止を望む靖国参拝をぶつけた。
 幸い、両国は抑制された抗議にとどめているが、外交的な挑発と受け止められかねない行動だ。
 戦後60年を迎えた1年前のこの日、首相は戦争でアジアの人々に与えた被害に対し「痛切な反省と、心からのお詫(わ)びを表明する」という談話を出した。このメッセージとの落差はあまりに大きい。
首相はきのう、参拝反対論にこう反論した。「突き詰めれば中国、韓国が不快に思うことはやるなということだ」
 首相の目には、日本国内にある反対の広がりが見えないのだろうか。
 朝日新聞の7月の世論調査では、参拝反対が57%で、賛成の2倍に達した。新聞も大半の全国紙、地方紙が反対の立場だ。自民党内ですら、歴代首相ら重鎮の多くをはじめ、反対論や慎重論を唱える人は少なくない。連立パートナーの公明党は明確に反対している。
 首相は、こうした声をすべて中国や韓国に媚(こ)びる勢力とでも言うつもりなのだろうか。「いつも批判する勢力」と切り捨てようというのか。
 首相は「A級戦犯のために行っているんじゃない」と言う。これが国内的にも国際的にも通用する理屈ではないことを首相はついに理解しようとしなかった。
 首相の参拝のあと、日本武道館で開かれた政府主催の全国戦没者追悼式で、河野洋平衆院議長はこう述べた。「戦争を主導した当時の指導者たちの責任をあいまいにしてはならない」。外国に指摘されるまでもなく、日本自身の問題として看過できることではないのだ。
 首相はまもなく表舞台を去る。5年余の小泉政権の締めくくりでこんな参拝が強行されたことを、私たちは残念に思う。あとひと月あまりの政権だから、外交や内政への影響も小さかろうと見ての行動だったとすれば、さらに情けない。
 6回に及んだ首相の靖国参拝は誤りだった。戦没者の追悼という大事な問題で国内に亀裂を生み、偏狭なナショナリズムを刺激し、外交を行き詰まらせた。
 この重い「負の遺産」をどう乗り越えるか。次の政権の課題であると同時に、国民みずからが戦争責任などをめぐる議論を深めていくことも必要だ。【社説】2006年08月16日(水曜日)付 asahi.com

ツッコミどころ満載の、これぞ朝日新聞ともいうべき久々の名文である。
まず、見事に視点が特亜三国に立脚している点。いったいどこの国のなんていう新聞だろうかと目をものすごい速さでこすりたくなる。いちいち「>マーク」で引用すると全部引用になるのでやめとくが、これがこの国のクオリティペーパーといわれるカミかと思うと、情けなくて切腹して放火したくな(ry
先にも述べたが、靖国神社への参拝客は昨年よりも増えているのである。それが小泉首相のパフォーマンス期待のヤジウマだとしても、そういう人々はきっと初めて靖国神社を訪れたのだろう。そういう人々が始めてかの社の意義を知り、マスコミのネガティブキャンペーンに気がつく。朝日新聞社の調査で参拝に57%の人々が反対したというが、いったいどんな調査をしたか、また疑われるだけだ。おまけに新聞紙上に靖国神社関連の寮の地図まで堂々と載せて、カゲキ派の皆さんどうぞ火炎瓶投げ入れてくださいと。取材を断られるわけだわな。
マスコミの論調と一般人の考えに乖離が目立ち始め、知識人たちの狼狽ぶりが見えるようになってきた。ロシアによる日本漁船拿捕・銃撃においても麻生外相の毅然としたすばやい対応が際立つ。「普通の国」になりつつあるのだなぁと、最近とみに思う。特亜三国に普通にものを言うと、「軍国主義だ」と攻撃してきた人たちの歯軋りが、あっちこっちで聞こえるよ。
あ、そうそう。わが地元の日大山形高校が奇跡の勝利。「野球留学」の学生で占められたチームとは違い、このチームはほぼ9割以上が山形県出身の選手たちである。東大に入るためにラサール高校へ入学する者とているのだから、甲子園に行くために野球留学というなの越境入学をする者を咎めるつもりはない。しかし、「俺の後輩ががんばってる」と実感できる、地元の学生たちの頑張りはやはり心に響きますよ。
こういうことを言うようになったのも、やっぱトシなんかな。

↑なんだかんだ言っても田舎は大事です
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日本人差別

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はっきり言って僕は熱心な宗教者ではない。実家の宗派は曹洞宗だが、じいさんの位牌に手を合わせるくらいのことしかしない。
ただし、宗教に関する考察は、独学ながらずっと行ってきた。親が大金持ちかなんかで一生大学にいていい、ってんなら、どっかの文学部かなんかで宗教学や民俗学を学んだろう。実際はそういうわけにも行かず、最大限の妥協をして尊敬する柳田國男先生と同じ農学部へ入学したんだが。ムロン東大じゃないw
一般的に宗教というが、これは江戸時代最末期にreligionの訳語として割り当てられた造語であり、広まったのは明治以降という。現代の日本人たる我々が「宗教」という言葉に対して持つイメージは、「信仰」という単語に当てはまるような気がする。僕は、「宗教」とは個人が生きていく際の基本原則と哲学だと思っている。その基本原則の中に信仰があり、行動を律すると。僕は仏教的な死生観と神道的な自然観を有するものであると自認しているんで、あまりキリスト教的な観念は体質に合わなかったりするのだが。特にこういう団体は。
日本の女子高生も餌食に…韓国セックス教団
 韓国のセックス教団「摂理」。強姦容疑で韓国警察に国際手配され、逃亡中の教祖、鄭明析(チョン・ミョンスク)容疑者(61)の所在が焦点になる中、元女性信者らが7日、東京都内で記者会見を開いた。元信者らは「絶対捕まえる」と怒りをぶちまけたうえ、恐るべきエロ儀式の実態について語った。
 会見は韓国の「摂理」被害者支援団体「エクソダス」が行った。会見には韓国人元信者の女性2人と日本人元信者の女性1人が出席。「身の危険が迫っている」(同団体)としてサングラスに帽子をかぶって臨んだ。
 30代前半の日本人元信者の女性は平成7年7月、韓国・釜山で被害にあった。「救世主(メシア)なのか、直接、会って確かめたかった」という女性はホテルのスウィートルームに呼び出された。
 「事前に牧師と名乗る女性から『鄭氏は抱きしめたりキスしたりすることがある。これは神様がなさること』と説明があった。部屋に入るとソファに座らされ、牧師が肩に手を置いた。鄭は手を取り、ひざをなでた。そしてスカートの中に手を伸ばし、下着の上から下半身を触った」
 女性は長い間、このエロ行為をセクハラと自覚できなかったといい、現役信者に向け、「無駄な時間を搾取されているみんながかわいそう」と声を詰まらせた。
 韓国人の元女性信者(28)は今年4月、中国・鞍山(アンシャン)郊外で鄭容疑者にレイプされた。テコンドー部に所属していた女性は別荘に呼ばれた。午前4時ごろ、部屋に入った女性は寝起きざまの鄭容疑者に服を脱ぐように強要され、約2時間にわたりレイプされ、処女を奪われたという。
 心理的ショックを受け女性は「自殺を考えた。(信者の)友人に『今までありがとう』と告げると、友人も同様の体験をしていて、一緒に脱出しようということになった。空港まで10数人も追手がきて、小競り合いになりながらも何とか逃げ出せた」と語る。また、女性は多くの日本人女性信者が鄭容疑者の周囲にいたと証言する。
 「30人以上の日本人女性をみかけた。3つの班に分かれ、『1つの班が性的被害にあって日本へ帰国すると、別の班が日本からくる』と、日本人女性から聞いた」。鄭容疑者の側近にも、日本人女性がいたことも明らかにした。
 さらに、「日本人女性たちの中には、高1、高2ぐらいの幼い子もいた。被害を認識できず、訴訟も起こしづらいため、鄭は『幼くて従順な女性に布教活動をせよ』と指示を出している」と、鄭容疑者はロリコンで少女にも毒牙を剥いていることも判明した。ZAKZAK 2006/08/07
韓国のキリスト教というのは、日本に比べてえらく信者数が多いというのはよく知られている。一般にキリスト教徒は一般的日本人から見ると信仰深く見える。アメリカのギャングは殺人を犯したあと普通に教会へ行くと言われるが(半分ジョークでしょうがね)、信仰深いのが普通なんである。その信仰を肉欲を充足させる手段にして良いわけはない。悪いに決まっている。地獄行きである。
当たり前のことを書いたが、上の記事でも触れられていない重要なことにお気づきか。同様に信徒をレイプしていた牧師がいたが、彼も今回のこいつも、朝鮮人である。彼らは、「日本人に対してはどのようなことをしてもとがめられることはない」と本気で考えているのである。「過去日本人が朝鮮人に対して行ってきた悪逆非道を考えれば、日本人には今どんなことをしてもおつりが来るくらいだ」と考えているのである。
これはシナ人も同じだったりするが、この差別的感情の根源が、特亜三国政府の常軌を逸した反日プロパガンダの結果であることは火を見るよりも明らか。そして反日プロパガンダに踊らされて自国民をいわれのない贖罪意識に駆り立てたマスコミと知識人の存在。もっとも糾弾されるべきは彼らであろう。
韓流ブームというマスコミがつくりあげた虚構の影には、この国を滅ぼそうという確固たる意志が存在しているのである。自主独立という言葉をあらためて思い出した。

↑差別を許すなw
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ヒロシマとナガサキ

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いやぁ、ちょっとばっかり仕事が忙しすぎ。

61年前の今日、広島に原子爆弾が投下された。無辜の市民数万人が一瞬にして「蒸発」するほどのエネルギーを照射したこの爆弾を、アメリカは平和のための道具と嘯いた。
戦後、アメリカの洗脳政策によって、原子爆弾を広島と長崎に投下されたのは、平和に対する重大な罪を日本国が犯したことへの厳罰であったと教え込まれた。神の鉄槌が、日本国民に対して振り下ろされたのだと。
その結果が、「あやまちはくりかえしませぬゆえ」なのだ。
8月6日と9日を、非戦の誓いを立てる日とするのはよかろう。しかし、アメリカによって非人道的な兵器が正々堂々と行使され、自国民が多数虐殺された日であることをもわれわれは記憶せねばならぬのだ。シナや朝鮮半島のように、61年前のことを持ち出して泣き叫んで醜態をさらしたり取引の道具にするのではなく、民族の記憶として静かな怒りを心の中にとどめておくべきなのだ。「あやまち」を死ぬほど後悔させる日にするべきなのだ、アメリカにとって。
もうすぐ8月15日がやってくる。靖国神社に対するマスコミのネガティブキャンペーンは、もはやこっけいに映るほどだが、今年は昨年以上の参拝客が九段の森に集うだろう。この国のために殉じた人々に頭を垂れ、歴史の意味をあらためてかみしめる日。
覚醒、という言葉が頭をよぎった。
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