市川電蔵事務所

ヘンだと思ったらちゃんと抗議する、そんなアタリマエのことができるようになろうと。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
別窓 | スポンサー広告
∧top | under∨

言うべきことを言う

juugun.jpg

6月は普通ヒマな月であるのだが、僕だけは忙しい。純粋に僕の取引先の事情で引っ張りまわされているのだが、正直しんどい。毎日、「これ以上無理」ってとこで仕事を中断して帰宅、ぶっ倒れて眠る、という生活。何とかしてくれ。
とまぁ愚痴ってばかりいても仕方ないので、最近笑ったニュース。
シナが一応は社会主義国家でよかった。シナ人の商才は全世界が認めるところだ。もしこの国が普通に資本主義国家だったら、今頃アメリカも日本もEUも、とっくに取り残されていただろう。売れるものは売る。無理にでも売る。
W杯会場の空気、一袋50元!
[ 2006年06月30日 05時38分 ]
[北京 29日 ロイター] 以前、月の土地を売ろうとした中国の企業家が、同国での熱狂的なサッカーW杯フィーバーを利用して一儲けしようとしている。試合会場の空気をパッキングして売る、というものだ。
この新商品「世界盃空気」を販売するのは「月球大使館」のCEO李捷氏。価格は50元(約730円)だ。
同氏は英字紙『ベイジン・デイリー・メッセンジャー』に「空気はW杯会場で、係員が芝を刈っているときにパッキングしています。開けたときに芝の香りがしますよ」と語った。
ドイツに観戦に行けないサッカーマニアは、テレビ観戦するときに、プラスティック製のバッグを首から下げて空気を吸うといい、と提案している。
「どのスタジアムの空気でもご用意してあります」
昨年、同氏は月の土地を1エーカー、300元で販売しようとしたが、投機と不当利益行為を禁ずる法律に抵触するとして当局からストップがかかった。
「『世界盃空気』はサッカーファンのためのものです。一種のスポーツグッズですね」
地元当局は、月球大使館に対する捜査を始めているという。

シナ人は世界中に散らばり、経済活動を行っている。その才能と精神力には正直脱帽である。これから先シナが限りなく資本主義国家に近づいていったら、冗談抜きで世界最大の資本力を有する国家になるんだろうな。
あと最近気になったニュース。mumur様のところから。「はっきりものを言う」事がようやくできるようになってきた件。元の読売新聞の記事は消えてるので、mumur様から転載。
慰安婦「従軍」でない 知事 平和資料館、表記見直しも
 上田知事は27日、県議会本会議の一般質問で、県平和資料館(東松山市)で展示されている昭和史年表の「従軍慰安婦」という表記について、「東西古今、慰安婦はいても従軍慰安婦はいない。間違った記述は修正しなければならない」と述べた。知事発言を受け、同館は表記の見直しを検討する。
 同資料館の年表には、昭和史に加えて平成に入ってからの社会の動きなどが記載されており、1991年の項で「従軍慰安婦問題など日本の戦争責任論議多発」と記されている。
 小島信昭氏(自民)が「展示内容が偏ってる」と指摘したのに対し、知事は「県民に自虐的な感情を抱かせることなく学べるようにするのが大事」としたうえで、「(慰安婦は)兵のいるところに集まってきたり、兵を追っかけて業者が連れていったりするのであって、軍そのものが連れていったりするわけは絶対にない」と述べた。知事は議会終了後、記者団に「軍は衛生管理を行っただけで、慰安婦を連れて行ったわけではない」と持論を繰り返した。
 同資料館は、学識経験者ら14人による運営協議会が展示内容などを決めており、原田美岐子館長は「内容が適切かどうか、運営協議会に諮ることになるかもしれない」と話している。

この「従軍」慰安婦問題は、軍隊の後を売春婦がついていったのだという解釈(というか実態)が報告されており、「従軍慰安婦」というのは吉田某の捏造(というか造語)であることが明白になっている事実がある。このあたり小林よしのり氏の精細でわかりやすい調査報告に勝るものはあるまい。
大東亜戦争当時、売春は褒められたことではなかったにせよ、少なくとも禁止されてはいなかった。まぁ実際現代では売春防止法があるが、この法律には「売春をしてはならないし買ってもいけない」と書いてあるにもかかわらず、売ったり買ったりすること自体への罰則はない。罰則があるのは借金のカタにフロに沈めるような、つまり強要であり、法律の主たる目的は死語になりつつある女衒という商売を駆逐するためのものだろう。
史料に裏打ちされた、ごく当然の事を言っている上田知事には拍手を送りたい。「慰安婦はいた。ただし従軍ではない」ということは、何の問題もないように見える。しかし、同じことを20年前、いや10年前に発言していたらどうだったか。朝日新聞と毎日新聞、赤旗らがこぞって知事の弾劾キャンペーンを紙面に踊らせ、テレビが尻馬に乗ってここぞとばかりに叩き、この知事を辞任に追い込んだだろう。「従軍」慰安婦は捏造であったことが白日の下に晒され、このことに拘泥すると自らの首を絞めることがわかってしまった今では、感情論に走らざるを得なくなっているのが今のサヨク論陣。むかし春をひさいでいた老女をカメラの前に引っ張り出し、「ワタシが証拠だ」と叫ばせるという醜悪な状況。
とにかく、いままで言えなかった事がいえるようになったことだけでも、たいした進歩だ。いわゆる一般人が、サヨクの人たちの胡散臭さに十分気がついていることだけでも。
原田美岐子館長という人も、悔しくて眠れない日々だろうな。だいぶ香ばしい人のようだから。

↑サヨクに閉口してるヒトは
スポンサーサイト
別窓 | 特定市民たち | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

臨時休業中

kyuugyou.jpg

なんだか急に仕事が忙しくなり、更新できてません。少しの間臨時休業いたします。
必ず復帰いたしますんで今後ともよろしく。しかし忙しい…。
別窓 | 日々徒然 | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

女系天皇を容認せず

meiji.jpg

先日「皇室と日本を考える」第一回学習会とゆーのに参加してまいりました。
■「皇室と日本を考える」第一回学習会
幅広い皇室問題への基礎固め!研究なくして運動への信念無し!皇室への認識を深める学習を!!
紀子様の御懐妊をむかえ皇位継承問題がしばし沈静化している今、政局・法律論・経済・大衆文化批評・社会学・歴史・宗教・政治思想・文学・神話など、多方面から知識をもちより、相互の議論を通じて、皇室と日本への理解と皇位継承問題への認識を深めてゆきたいと考えています。
◆日時:6月10日(土)17時30分より。(約2時間ほど予定)
◆会場:豊島区生活産業プラザ(豊島区民センターの裏)7階第一会議室
●第一部 テーマ「皇統護持における罠と陥穽 ~消去法から見る真っ当なプロセス~」
ナビゲーター:元木田蔵
 ※これまでの男系護持運動をふりかえり批判的に検討しながら旧皇族の皇籍復帰への運動的論点を提示し、国民運動によって万世一系の皇位継承を守る具体的見通しをさまざまな側面からみて、世論の喚起とその効果を論証的に推定し、運動の本質に迫ります。
●第二部 ディスカッション(18時30分頃より開始、約1時間ほど予定)
毎回、当日のナビゲーター役を囲んで質疑応答、感想等の気軽な話し合い、あるいは参加者同士での討論などを行ないたいと思います。第一部に参加した方はぜひ第二部にも続いて御参加ください。
◆主催:「皇室と日本を考える」実行委員会
 共催:女系天皇に断固反対する会(mixi内)
 協力:鐵扇會

秋篠宮妃殿下のご懐妊によって、いったん沈静化した皇室典範の改正論議だが、問題を見誤ってはいけないのである。
女系天皇を認めるかどうかというのは、もはや議論の余地なくNoなのである。有識者会議とやらの結論は、女性・女系天皇を容認し直系の長子が皇統を継ぎ、女性天皇が誕生したあかつきにはその配偶者も皇族に列するというようなもの。
言語道断。
皇統は、男系で受け継がれてきたからこそ皇統であり、世界最古の家系にして最長の王朝なのである。
卑近な例を挙げよう。
日本の社会も世界の風潮にあわせ男女同権になってきていることだし、歌舞伎役者に女性がいないのはおかしいではないか。女形などというふざけた風習はやめて、女性の役は女性がやればいいではないか。

だれが賛成する?
宝塚歌劇団は、女性が男性を演じるという不自然なことをやっている。宝塚歌劇団に男性の入団を認めろ。

阪急ホールディングスが泣いて止めるわ。
旧竹田宮家の竹田恒泰氏は、その著書「語られなかった皇族の真実」でこんなたとえをしている。
分かりやすくいうと次のようになる。たとえば、世界最古の木造建築は法隆寺であるが、老朽化が著しいからといって鉄筋コンクリートで立て替えたとしたら、それはもはや法隆寺ではない。鉄筋コンクリートが悪いのではなく、法隆寺に鉄筋コンクリートはふさわしくないということである。
これと同様に、天皇家は男系により継承される世界最古の家柄であるが、男系継承が困難だからといって女系天皇が即位したとしたら、それは天皇ではなく、皇統は断絶したことになる。諸外国には女系の王を立てる国があるがこれを批判しているのではない。女系が悪いのではなく、天皇家に女系はふさわしくないということである。

(竹田恒泰著「語られなかった皇族たちの真実」 第一章69ページより引用)

女性・女系天皇を容認する動きは、庶民の間に顕著だ。しかしそれは、現代の社会情勢に置き換えた心情的なものでしかない。敬宮さまの愛らしさや皇太子ご一家の微笑ましい日常を自らに置き換えて、敬宮さまが将来成人されたらご立派に女王様におなりになればよいと考えるのだろう。まるで自分の娘や孫が将来いい女子大に入学して一流企業に勤めればいいなと思う同じレヴェルで。
しかし、現代の社会情勢に照らしてみたら、敬宮さまが将来天皇に即位されることが「女性として」もっとも不幸になりかねないということを誰が理解しているだろうか。結婚・出産は許されず、何らかの方法で男系男子が即位するまでの中継ぎでしかありえない人生。
そうさせないための皇室典範改正であるというむきもあろうが、「法隆寺は鉄筋コンクリートで建ててはいけない」という厳然たる事実の前には黙していただくしかない。男系で相続していくのが天皇家であるという事実は、社会情勢いかんで変化させるべきことではないのだ。
旧宮家の皇籍復帰も含め、いまだ男系男子が絶えたわけではない現在、拙速に女系容認を議論すべきではない。過去三回の皇統断絶危機に倣い、粛々と準備を進めるべきなのである。及ばずながらこの市川も、その準備の一端をになう覚悟である。
勉強会のナビゲーターを務めてくださった鐵扇會會長の元木田蔵氏が、その心構えを木村篤太郎氏の一文で説いてくれた。
浪人とは
その位にあらずとも そのことを行ひ
自家の塩米を憂得ずして 国家の経綸に 志す者は
浪人なり
即ち 浪人は 政府または人民より頼まるるに非ず
また一銭半銭の報を得るに非ずして
自ら好んで天下の事に当たる


↑皇統護持
別窓 | 愛国 | コメント:2 | トラックバック:0
∧top | under∨

純和風らーめん禅(千葉県習志野市)

zen_narashino.jpg
やる気があるんだかないんだかわからない店というヤツ。
千葉県習志野市、京成大久保駅から日大生産工学部正門に続く商店街の出口付近に位置するこの店、店の名を「純和風らーめん禅」という。数年前までモスバーガーだった物件を居抜きで使っており、このへんもやる気があるんだかないんだかわからないゆえん。
この店から歩いて1分かからないところに、かの有名な「ラーメン二郎京成大久保店」があり、「東端の二郎」と称されるこちらは連日行列。この店は二郎よりも大学に近いが、行列はしない。ただし、だらだらと客がいつもいる。学生街だからかね。この商店街には浦安「マルバ」系の「でんがな」という店も。日大・東邦大とふたつの大学キャンパスを背にした商店街だけに、安くてうまい店が多いです。
ラーメンは個性的の一語に尽きる。写真を見ても明らかなように、スープは真っ黒。この黒さの原因は、表面に浮かんだ「魚粉をたっぷり混ぜ込んだ脂」なんである。脂はスープの表面を完全に覆っており、そのため中味は地獄のように熱い。
この魚粉のおかげでスープの味は個性的で、好みが完全に二分する。良く言えば川越「頑者」のスープのようであるが悪く言えばただ魚くさいシル。僕は評価してるんだけどね、この味。あと真っ黒に煮あげた卵も、酒のつまみにゃちょうどいいかも(笑)。
店主は気さくなおっちゃん。学生街ということもあり客のほとんどは大学生だが、彼らとタメ口で話す姿は好感が持てる。聞けば、広告関係からの転職の方とか。アパレルから転職の「麺屋武蔵」には及びもつかんが、ベースはいいと思うんだけどね。そろそろ麺のほうにもこだわってくれ。近所の製麺所から買うなw。

↑やる気出してね
別窓 | らーめん好き | コメント:0 | トラックバック:0
∧top | under∨

ゲージツとトーサク

tousaku_giwaku.jpg

日本の剽窃事件に敏感な韓国紙が涙を流して喜びそうなネタが沸いてますね。
大詰め 盗作疑惑 和田氏「プロなら違い分かる」/スギ氏「裏切りだ」 5日に芸術選奨 臨時選考審査会
今春、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した東京都在住の洋画家、和田義彦氏(66)の作品が、イタリア人画家、アルベルト・スギ氏(77)の絵と多数酷似している問題は、文化庁が芸術選奨の臨時選考審査会を5日に開くことを決め、大詰めを迎えている。和田氏は一貫して盗作を否定、スギ氏は「裏切られた。明らかに盗作」と主張し、両者の言い分に大きな隔たりがある。小坂憲次文科相は「受賞取り消しもあり得る」としており、盗作疑惑の黒白の行方が注目される。
≪両者の主張≫
 これまでにスギ氏の作品との類似が指摘されている和田氏の作品は、1980年代から現在にかけて制作されたもので10点以上にのぼっている。例えば、東郷青児美術館大賞(2002年)を受賞した作品「想」は、スギ氏の「交差点のバー」と酷似。絵の中の舞台である酒場、登場人物やその配置、テーブルに置かれているグラスまで同一で、やや色の階調や筆のタッチに差があるだけなのだ。
 和田氏は東京芸術大学大学院(油絵科)修了後、1971年からイタリア政府給費留学生としてローマに6年間滞在している。その際に、スギ氏と知り合いになり、以来40年近い交流を続けているという。
 和田氏は作品の酷似は認めているが、「同じモチーフで制作しただけで、プロが見れば作品の違いはわかるはず」と盗作を否定。
 しかし、スギ氏は自身のホームページ上などで「和田氏の仕事の大部分は私の絵の正確なコピーで、和田氏は法律を犯した。2人の共同作業は一切ない。和田氏は私のアトリエでいつも写真を撮って日本に帰っていった。裏切られた思いだ」と述べている。
 文化庁は今年5月上旬、盗作疑惑を指摘する匿名の投書を受けて、イタリアのスギ氏のもとに職員を派遣し、事情聴取を行った。
 同庁は和田氏とスギ氏にそれぞれ言い分を文書で提出するよう求めており、両者の主張を文書で照らし合わせた上で最終判断したいとしているが、小坂文科相が「早急に結論を出したい」と語っていることから、5日の臨時選考審査会で急展開する可能性もある。
≪賞の行方≫
 和田氏の所属する美術団体「国画会」は5月31日、和田氏に対して退会勧告を行った。
 15日を返答期限としており、従わない場合は除名処分にするという。国画会のある幹部は「スギ氏へのオマージュ(敬意を込めた作品)だと言っているが、明らかに盗作。釈明の余地もない」としている。
 一般的にオマージュとして描かれる場合は、その旨が作品に明記されることが多い。和田氏本人の作品として発表している以上、もちろん「模写」にも相当しない。
 盗作や贋作について多数の著書のある美術評論家の瀬木慎一さんは「ゴッホが広重の浮世絵やミレーの作品を模写したりするなど、多くの巨匠もほかの作家の作品を使う行為をしているが、これは全然違う次元の問題だ」と話す。また斉藤博・専修大教授(著作権法)は「和田氏が共同著作物と言うなら、双方の同意を証明しなければならない」と指摘する。
 芸術選奨文部大臣賞の歴代の受賞画家は、小倉遊亀(日本画)、加山又造(日本画)、池田満寿夫(版画家)各氏らキラ星のごとく活躍した画家たちばかり。前代未聞の受賞取り消しとなれば、賞の歴史に泥を塗るばかりでなく、世界的にも日本の芸術の未成熟ぶりを露呈することになりかねない。
平成18(2006)年6月3日[土] 産経新聞

「プロが見れば」上記の2点の絵画が盗作でないことがわかるというが、僕は絵画は好きだがプロではないので、どう見ても盗作としか思えない。コピーとゆーべきか。
「オマージュである」ともおっしゃってるようだが、そもそもオマージュとは尊敬や敬意の意味であって、影響を受けた作家や心服している芸術家にたいし、恭しく差し出すもんでしょ。たいがいは「○○へのオマージュ」と刻むわな、作品にゃ。
「共同製作」に至っては笑止。「このすべての同時体験に近い仕事が私たちの現在の基盤になった」とイタリアのスギ氏がゆったんじゃとゆーとるらしいが、そもそもこの日本語のどこが共同作業を指し示すのか、プロならぬ身には理解できない。後先ですが、和田氏の受賞理由をご覧ください。
平成17年度芸術選奨 受賞者及び贈賞理由
和田義彦氏は早くに西欧古典技法を習得、氏の高度な油画技術と正確な素描力と重厚な着彩とは、既に定評がある。その氏が平成17年に行った「ドラマとポエジーの画家 和田義彦展」(三重県立美術館、4月~6月ほか)は、初期から現在まで46年の作歴を示し、骨太な表現と変化に富む内容は圧巻であった。氏の作画世界は、群像等で劇的な情景を設定しているが、示唆するものは社会の不条理や人々の不安、孤独など内面の実存である。常に問題意識が現代の核心に触れていて、その時事性もまた評価できる

僕も絵画は好きなので、和田氏の画力が非凡であることはよく判る。ネットに転がる和田氏の作品の画像を見るにつけ、僕の好みのタイプの画家である。「運ぶ」と題された1980年の作品などはすごく好き(・∀・)モエッ。
芸術選奨文部科学大臣賞という賞はどういう基準で選定するのかね。前出リンクの受賞者の面々を見れば、僕の好きな串田和美や中島みゆき、桂三枝なんかが同時受賞してるわけだが。爆笑問題あたりが出てるとこみると、やはり、受賞に向けたロビイ活動はすごいもんがあるんだろう。
受賞者のすべてがそうだとは言わないまでも、地味な活動しかしていない画家などは、選定委員に上手するためにもいろんな方向からアプローチを行うと。お役所は結局、賞を与えることに決まっているのだから、昨年のうちに盗作疑惑をかけられていたことさえ歯牙にもかけない。この国のゲージツとは権威であり、美術館を各地に多額な建設費をかけて建て、赤字を発生させるための機関なのである。そこには、土建屋とエセ文化人と役人さまのトライアングルの中で金が循環しているだけで、芸術に対する理解と包容力はかけらも見当たらない。和田氏とて才能は十分見て取れる人のようだが、この国でゲージツを続けるために必要な雑事のほうに時間を取られすぎて、本来の才能は枯渇してしまったらしい。この一件はいちゲージツ家の盗作という問題もあるが、文化行政という見えにくい問題も内包しているのである。
いずれにせよ、和田氏が一切の盗作・剽窃を認めない姿は、ある意味正しいゲージツ家の姿ではある。岡本太郎という人がどれだけ天才だったかがよくわかる今日この頃だ。

↑芸術は爆発だ(懐)
別窓 | 日々徒然 | コメント:1 | トラックバック:0
∧top | under∨
| 市川電蔵事務所 |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。