「ジャーナリスト宣言。」…ってさぁ…2006-02-04 Sat 15:45
![]() 移転いたしました。 いまさらだが、一言。 「ジャーナリスト宣言。」なされたアサヒ新聞が歴史的名文からなる歴史的社説を発表した。
小泉首相が女系天皇と女性天皇を取り違え、まったく本質を理解していなかったことが明らかになり、国会議員の中にも拙速な皇室典範改正を危惧する声が強まる中、「ジャーナリスト宣言。」のクォリティペーパー殿は、皇族であられる寛仁さまにたいして「黙ってろ」と吠えたのである。 今上陛下が女系・女性天皇容認の皇室典範改正に関して何もご発言なされないのをいいことに、自分の意見を正当化しようとしているのが見え見えだ。さまざまな論客が喝破しているが、もし寛仁さまが「女性・女系天皇容認」のご発言をなされていたなら、彼らは得意満面で寛仁さまを持ち上げてワショーイするだろう。 アサヒ新聞をはじめとする反日勢力の希望は、「天皇制の終焉」を実現させることに他ならない。世界的に見ても稀有な長きにわたる系統を有する天皇家を、その存在意義のひとつである男系継承という面から突き崩し、有名無実化させることによって将来的に断絶するのが彼らの目的だ。 天皇家は、日本の象徴である。いささか抽象的な言い方だが、僕はこの言葉が天皇制というものを最も端的に表現していると考えている。たとえばアメリカ、という単語を聞いて何をイメージするか。星条旗かな。フランス、だとどうか。凱旋門とエッフェル塔かな。日本という単語でイメージされるもの、やはり京都の街並みのイメージと寿司と芸者。 どの国も、その固有の文化を視覚化したものがイメージされよう。天皇制は、日本の文化である。政治制度矢支配機構ではなく、文化なのだ。そうでなければ、日本における有史1500年程度の政治変遷の流れの中で、新しく登場した政権掌握者によって天皇が誅殺されたことがない事実をどう説明できよう。民族固有の文化というものを有識者とやらの鳩首会議でカンタンに変えてもらっては困る。 旧皇族子孫の竹田恒泰氏が、SAPIO2月8日号でこう喩えている。 「女系天皇を容認することは法隆寺を鉄筋コンクリートで建て替えるのに等しい」 古くなってきたからといって、法隆寺にコンクリ流して修理するやつはいないだろ。宮大工の方々が、建立当時と変わらぬ方法で持って修復する。とても平易で理解しやすい喩えだ。 ←その意気やよしと思ったらクリックしてやってください |
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